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「良書との出会い」をおすそわけ…

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『ダイアローグ』
“対立から共生へ、議論から対話へ”

・・・そんなサブタイトルがついている本書は、
「学習する組織(ラーニングオーガニゼーション)」
で有名なピーター・M・センゲに影響を与えたという
物理学者デヴィット・ボームの著。

この本は久々に、
「そうそうるんるん」ではなく
「そうか・・・どんっ」というボディーブローのような
衝撃を幾度となく受けた、箴言の書でしたたらーっ

少々聞き慣れない言葉がちりばめられているので
それを咀嚼しながらまとめるのは大変なのですが、
気に留ったことを書き記しておきたいと思います。


まず、タイトルになっている「ダイアローグ(対話)」に
相対するものとして「ディスカッション(議論)」が挙げられています。

日本語としては「ディスカッション」という表現を
単なる「話し合い」という意味合いで使っていることが多いのですが
これを【議論】と訳し、さらに【対話】と比較すると
とても重要なことが見えてきます。


■「ディスカッション(discussion)/議論」

*語源・・・「打楽器(percussion)」「脳震盪(concussion)」
 にも共通する語源には、「物を壊す」という意味がある。

*目的・・・自分たちの考えをぶつけて、分析し、解体すること。
 そして、どちらが正しいか、誰の視点が価値があるかが模索される。
 (そこには、勝ち負けが存在する)


□「ダイアローグ(dialogue)/対話」

*語源・・・ギリシャ語「dialogos」
 logosは「言葉(の意味)」、diaは「〜を通して」

*目的・・・お互いの意見を目の前に掲げて、「意味」を共有すること。
 そして、双方のAでもBでもない、共通理解を得たCが生みだされる。
 (そこには、勝負や点の取り合いは存在しない)


この本では、自分の意見や主張、
その人自身が真実だと思っているものはすべて「想定」と呼ばれます。

ディスカッション(議論)は、
ある程度の意見の交換はあるものの、結局はお互いの想定を戦わせ、
まるでゼロサムゲームのように勝利を奪い合うということなのでしょう。
(つまり1+1=1にしかならない)

これに対して、ダイアローグ(対話)は、
明確な目的も定めず、役割も持たず
(例えば司会者も、その役割をやがて手放すように)
共に参加するという意識だけをもちます。
情報やアイデアの交換も目的とせず、取引や交渉でもなく、
正しさや真実を査定したり、ましてや、人を説得したりしようとせず…

自身の(あらゆる)「想定」を保留して、できるだけ
物事を新鮮かつ明確に見ることが主な活動だとボームは語ります。
(1+1=∞という可能性を秘めている)


この比較を、耳慣れた概念としてとらえれば
「それはその通りぴかぴか わかっていますグッド
と言えてしまいそうだけれど
ボームは、実際のコミュニケーションの中で、
私たちが「対話することが、いかに困難か」にふれていて、
その一つ一つを噛み締めると、とても苦い味がする・・・わけです冷や汗

例えば、私がこの本から拾った対話の障害となる場面は・・・
・質問をブロック(遮断)する(答えをはぐらかす)
・自分の想定を守ろうとする(防衛的になる)
・相手を説得しようとする(自分の「真実」を主張する)
・何が正しいかをつきとめようとする(相手の間違いを指摘する)
・意見の違いを避ける(むやみに同意する、意見を出さない)....等々。

ボームは、対話とは
「人々が偏見を持たず、互いに影響を与えようとすることもなく、
 また、相手の話に自由に耳を傾けられる場合に限られる」
と言います。

選択理論の「関係を回復する(維持する)七つの習慣」に
【耳を傾ける】という行動が挙げられていますが、
私は、本当に耳を傾けるということ、心を傾けて聞くということは
ボームのいう、「対話」の中にこそあるのではないかと思いました。

そして、
「一般的には、自分の根本的な想定に耳を傾けてもらえない場合、
 人は暴力を加えられたように感じるものだ。
 そして自分も暴力をふるいたくなる。」
という件(くだり)からは、
対話することの困難さには、
外的コントロールの種を蒔くことも含んでいると感じ取れます。


真の対話の中では、
すべての基本的欲求が満たされると言えるのでしょう。

ボームは、人類の抱える問題、地球上のさまざまな問題の根源は
対話が的確に出来ていない現状にあると指摘しています。
だとしたら、この「対話」というスキルに
もっと真剣に向き合う必要があるのではないか…と感じるのです。


カウンセリング関係においても、日常の人間関係においても、
「対話」出来る人になりたいと思いました。

| 人間関係 | comments(2) |
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この本、気になってました
シンクロシ二ティという本でダイアローグが
紹介されていて一体どんなものなのか??
一体どんな体験なんだろう??
と思い、
読みたいと思っていたのですが
記憶の彼方へ…

ここでであえて、良かったです

悩む力の次に読みたいと思います
| まつで | 2008/10/20 11:40 PM |
まつでさん、コメントありがとうございました。
外的コントロールが本当に排除されたとき
対話は成功するのではないかと思います。
とても興味深い本ですよ♪
| natsuko | 2008/10/21 6:28 PM |









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